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プロゴルファー重永亜斗夢さん

潰瘍性大腸炎の診断を受けてから数年。「病気でプロゴルファーを諦めようと思ったことは一度もない」と語る重永氏に、仕事に対する思いや同じ病気を抱える仲間へのメッセージを伺いました。

「診断を受けたころが、一番つらかった」

重永亜斗夢さん

ー発症したのはおいくつのころだったのでしょうか?

25歳のとき、確定診断を受けました。ただ、ずっと症状自体はありました。もともとおなかが弱く、トイレに行く回数が多かったんです。25歳の時に血便が出て、「潰瘍性大腸炎だね」と。確定診断を受けたときが、一番つらかったです。

ーきっかけを覚えていますか?

遠征先の北海道で、わかめ刺しをポン酢でたらふく食べたら、夜に激痛(笑)。食物繊維が多いわかめが、僕にはダメだったようで、それ以降は食べていないです。味噌汁からも、わかめを抜いてます。翌朝はつらくて、練習ラウンドに出ず、部屋にこもりきり。鼻水みたいなものが出てくると主治医に連絡したら、「帰ってきてから、調べよう」と。当時は症状がひどく、試合中に痛くなることもありました。

ー潰瘍性大腸炎のことはご存知でしたか?

全く知りませんでした。帰り道、ケータイで調べましたね。がんになる可能性も高いと知りましたが、あまり不安とかはなかったです。ずっと症状と付き合ってきていたし、それまでもやれていたのでなんとかなるかなと思ってました。

「病気を意識しないで挑んでいます」

重永亜斗夢さん

重永亜斗夢さん

ーゴルフの試合中、どのように病気と付き合っていますか?

ゴルフ中って、トイレに行けないんです。朝食を食べて、試合中におなかが痛くなったことがあって。それから試合前はあまり食べないようにしています。休憩がないので、昼も食べられません。ゼリーなどを持っていくようにしていますね。先日、5ホール目で痛くなってしまったことがあって。たまたま5ホール目と6ホール目の間で、そこにトイレがあったので「トイレ行ってきます!」とトイレに入って。助かりました(笑)。こもってもいられないので、すぐに出ましたけど。冷や汗ものでした。ゴルフの試合って、朝が早いので9時スタートだったら終わりは14時くらい。17時とかにホテルに帰って、やっとごはんを食べられる感じですね。あとの対策は、2時間ほど早めに行くこと・事前にトイレを済ますこと・薬を多めに持ち歩くことくらいです。

ーシーズン中とオフに違いはありますか?

僕の場合、試合になると緊張して症状が出にくいんです。リラックスしているプライベートの方が、症状に悩むようになりました。オフ期間中は、体を鍛えたり、練習したり。たまに具合が悪くなるので、そのときどきで対処している感じ。試合中はやせてしまうので、トレーニング中に体重を戻したいんですが、太りにくいのはちょっと悩んでいますね。高カロリーなものを食べてもあまり太らないんです。

ープロとして、心がけていることはありますか?

試合中は自分が難病指定されている病気の患者だとは意識しないで挑んでいます。病気のことは、自分が都合悪いときに表に出します(笑)。たとえば、「太ったら、体力的にもっといい選手になるよねー」などと言われたことがあって。そのとき、カチンときて「こういう病気なんで無理なんです」って言っちゃいました。「難病指定なんで、治らないんですよ」と。やっかみなのか、何なのか、いろいろ言ってくる人はいますよ。そういう人には「自分は、こういう病気なんですよ」って伝えます。言うことに懸念はないです。

「周りに相談できるのがありがたいです」

重永亜斗夢さん

ー周りの人のサポートはありますか?

いろんな人に相談してますよ。仕事柄、目上の人とのつながりが多く、いろんな方に相談できるのがありがたいです。主治医の先生や調剤薬局の方もゴルフ仲間で、何かあると話をしています。あと、同じ病気になった先輩ですね。その方が潰瘍性大腸炎だというのは、自分が記者に病気の話をしたときに「あの選手も同じ病気だったよ」と言われて知りました。その話が記事になったとき、先輩から「聞いたよ!」って。そこから「こういうときはどうしてたんですか?」など経験談を聞くことができたので、とても助かりました。

ーいろんな方に支えられているんですね。

そうですね。試合中、ギャラリーにいるファンの人や、同じ病気の人から「きついよね」と声をかけてもらうこともあります。自分よりも症状がひどい方はいらっしゃる、ということは常に思います。同じ病気の先輩からも、ひどいときはトイレに40~50回行っていたと聞いているし。NG食は、その先輩から聞きました。主治医からも牛肉や酒などは制限した方がいいよと。酒はもともと苦手で飲んでないんですが、飲むとやはり調子が悪いですね。お肉食べるときは、試合がないとき。何にもないときに肉や酒を楽しむようにしています

ー家族からのサポートはいかがですか?

奥さんが気を使おうとしてくれているのは感じますね。野菜を多く出そうとしたり、心配してくれてるのかなと思います。病気が分かったときは既に結婚していたんです。病名を伝えたときは「ふーん」くらいな感じでした。子どもに遺伝するのかな、とかは心配しました。ただプライベートで、自分の病気のことは全然気にしていないです。子どもと一緒に遊んだりするときも痛くなったりしますが、不自由することはないですね。親は「がんばってね」と。シーズンが終わると「一年がんばったね。病気なのに、こんなにがんばって本当にえらい」と言われて、うれしい。毎年言ってくれるんです。

若い患者さんへメッセージ

僕は「気にしていると前に進めない」と思っています。あなたが今している仕事などは、病気などを抜きにがんばってもらいたいです。自分も病気を抜きに、仕事を全うしようと思ってます。おなかが痛くなったらトイレ行けばいいし、理解してくれる人が一人でもいれば楽になるだろうし。病気だから理解してくれよ!と強く言って、周りの助けをもらってほしい。 症状がひどく、仕事や夢を諦めてしまったという人の話を聞いたことがあります。そんなときは、いろいろ試して、前に進んでほしいと思います。生まれた以上は、自分のためにがんばってほしいです。
僕の今後の目標ですが、今年はシードは取れたものの、優勝はできませんでした。だから優勝を目指したいです。自分ががんばれば、それを見て同じ病気の人が元気になってくれるかなと。同じ病気の人に勇気を与えられるかなと思う。みんなのためにも、もっとがんばります。僕は熊本出身なので、熊本地震で傷ついたみなさんにも元気になってほしいなと思います。一緒に、がんばりましょう!
重永亜斗夢さん

重永亜斗夢(シゲナガアトム)

プロゴルファー

1988年9月14日 熊本県生まれ

シングルハンディだった父親に練習場に連れていかれたのがゴルフとの出会い。中学時代に『九州ジュニア』を制し、沖学園高校進学後は『全国高校選手権春季大会』で優勝している。日本大学に進むが1年で中退してプロ転向。だが、直後に左手首を痛めた影響もあり試合に出ることすらままならなかった。12年のQTで3位に入り、翌13年は『東建ホームメイトカップ』初日に首位タイとなって注目を集める。
シードは獲得できなかったが同年のQTでは見事1位に。15年は『東建ホームメイトカップ』8位で初のトップ10入り。高校時代を過ごした福岡県開催の『RIZAP KBCオーガスタ』では最終日に追い上げて自己ベストの3位をマーク。賞金ランクを上げている。25歳のときに潰瘍性大腸炎を発症。同じ病気に悩む人のために疾患啓発活動を続けている。

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