2019年12月、企業人事・総務担当者を対象としたセミナー「『“病”と仕事の両立支援』にどう取り組むか?」(主催:IBDとはたらくプロジェクト※1)を東京で開催しました。

ダイバーシティ&インクルージョン(以下、D&I)※2の推進が求められる今、「病気」を抱えた社員が「働きやすく」「活躍できる」人事施策の重要性も高まりつつあります。本セミナーでは、先進企業の事例や働き盛り世代の患者さんが多い難病IBD※3を事例に、導入しやすい「“病”と仕事の両立支援」のヒントについて、さまざまな視点から議論されました。

※1 主催:IBDとはたらくプロジェクト(ヤンセンファーマ株式会社、NPO法人IBDネットワーク、株式会社ゼネラルパートナーズ)

※2 ダイバーシティ&インクルージョン(D&I):性差や国籍の違い、障害の有無を超えて多様な背景、経験、価値観を持つ1人ひとりを社会や組織で受け入れ、違いを尊重しつつその違いを活かしていく取り組み

※3 IBD:炎症性腸疾患(クローン病、潰瘍性大腸炎)

働く人の3人に1人が、病気の治療をしながら仕事をしている※4といわれています。社員の「“病”と仕事の両立」をサポートしつつ企業競争力を高めるために人事はどう取り組むべきか、各社の事例紹介とともに意見交換が行われました。

<登壇者>

  • モデレーター:月刊総務 編集長 豊田 健一 氏
  • 企業:日本航空株式会社 人財本部 健康管理部統括マネジャー 奥田 和昭 氏
  •  野村證券株式会社 人事部人事厚生課 ヘルスサポートグループ長 水野 晶子 氏

※4 厚生労働省平成25年度国民生活基礎調査

モデレーター
月刊総務 編集長 豊田 健一 氏

近年、D&Iという言葉を盛んに耳にするようになりましたが、この言葉の意義が十分に浸透しているとは言い難いのが現状です。実際、D&Iの実態調査結果を見ても、D&Iとは外国人材の活用、障害者の雇用促進、女性の活躍推進などのことだと認識している方が多いことがわかります(図1)。働く人の3人に1人が病気の治療をしながら仕事をしているという現実に注目し、「病気と仕事の両立支援」に真正面から取り組む必要があります。

図1
図1

事例共有:各社の取り組み

日本航空の取り組み
人財本部健康管理部統括マネジャー 奥田 和昭 氏

日本航空では、企業理念として全社員の物心両面の幸福の追求を掲げ、その実現の一環として「JAL Wellness」という心身の健康推進プロジェクトを展開しています。社員の8割がシフト勤務、女性の割合が半数以上、なおかつ運航乗務員や客室乗務員という特殊な職種を擁するため、社員の復帰や治療と仕事の両立支援に注力してきました。

当社の治療と仕事の両立支援は、個人の意思に寄り添うことが特徴です。病気になった社員が復帰する際には、主治医の判断と本人の意思確認を取り、復帰後には「復帰支援プログラム」を作成して、所属部門と産業医が密に連携して復帰支援をしています。
 例えば、客室乗務員の復帰支援プログラムでは、搭乗頻度に制限を設けたり路線変更を行ったりしながら、通常勤務への復帰を徐々に目指します。
地上職では、フレックス勤務、時間給勤務、テレワークや在宅勤務など時間と場所に縛られない働き方を促進する施策を導入しており、心身の負荷を軽減しながら復帰できるようにしています。復帰までの心のケアを社内カウンセラーが行う場合もあります。

また両立支援の風土醸成のため、人事考課シートに自身や家族の健康状態を記載できる項目(任意)を追加することで、所属長と部下によるコミュニケーションを後押しし、健康保持と快適な職場環境づくりに取り組んでいます。

セッション2 就労支援のプロが語るセルフマネジメント術 セッション2 就労支援のプロが語るセルフマネジメント術

野村證券の取り組み
人事部人事厚生課 ヘルスサポートグループ長 水野 晶子 氏

野村證券では、2016年から働き方改革と健康経営を本格的に開始しました。2018年からは疾病による離職を防ぎ、社員1人ひとりの能力や個性を十分に発揮できる職場環境を目指して治療と仕事の両立支援の体制づくりを推進しています。

両立支援の 独自の取り組みとして、「治療と仕事 両立支援ガイドブック」を活用しています(図2) 。このガイドブックは保健師とヘルスサポートグループが共同で作成したもので、本人編と上司編の2種類あります。 「本人編」では、働きながら治療をする際の注意点、休職時の手続き方法、職場復帰までの道のりや情報共有の仕方などが具体的に説明されています。一方の「上司編」では、部下から相談を受けた際の対応方法や復帰後の注意点などをまとめています。

また、実際に治療と仕事を両立させている社員の体験談を社内サイトで紹介することで、D&Iの風土づくりも行っています(図2) 。

セッション2 就労支援のプロが語るセルフマネジメント術 セッション2 就労支援のプロが語るセルフマネジメント術
図2:両立支援ガイドブック・社員の体験談
図2:両立支援ガイドブック・社員の体験談

ジョンソン・エンド・ジョンソンの取り組み

ジョンソン・エンド・ジョンソンのD&Iは、「You Belong」(職場に受け入れられている、ここが自分の居場所である)と感じられる職場づくりです。多様な個性を持った社員が自分らしさを発揮してシナジーを生み出す、D&Iが当たり前の職場を目指しています。

トップダウンとボトムアップの両面からアプローチをしていることが特徴の1つです。社長自らがD&Iにコミットすることはもちろん、個々人に合わせた柔軟な働き方を推奨しています。また、有志の社員で構成されたグループが3つあり、ジェンダー、LGBT、障害など数多くの活動を社内外で行っています。これらの活動はさまざまな部門とも連携しながら、会社全体でD&Iの風土づくりをしています。

「病気と仕事の両立」に関する社内調査を行った結果、当社の社員は一般社会人に比べ、病気を抱えていても働きやすい職場環境にあると認識していることがわかりました(図3)。また、こうした調査から明らかになった課題に対して、今後も活動を続けていきたいと思います。

図3 図3

パネルディスカッション

治療と仕事の両立支援を進める際の重要なポイントを教えてください。

治療と仕事の両立支援を進める際の重要なポイントを教えてください。

日本航空 奥田氏:病気や介護などの状況は、本人の申告がないと会社は把握ができません。健康状態を人事考課シートに書く制度をつくったことで、初めてカミングアウトした社員もいました。これは使い方を誤ると社員のほうが引いてしまうので、あくまでも、所属長が部下の健康状態を知ることで密なコミュニケーションを図るという使用目的に限っています。「言いたいけど言えない」社員の背中をそっと押すようなイメージです。

日本航空 奥田氏

野村證券 水野氏:健康診断結果ですら会社に知られたくないという社員もいるので、病気に関する情報については慎重に取り扱うべきだと考えています。
風土づくりの取り組みとして体験談の共有を挙げましたが、その際も無理強いしないように、人事は前面に出ないようにしています。最初の間口は少し低くして、少しずつ安心してもらえるようにしています。

野村證券 水野氏

会社ごとに歴史や状況、業態も違うので、どのようなアプローチでD&Iに取り組んでいくかは、各社で方針を明確にして、それを信じて進めていくことが大切だと思います。
 例えば当社では、トップダウンとボトムアップの両輪で推進していることをご紹介しましたが、有志の社員グループによるマイノリティ領域の啓発活動を促すために、ボランティアではなく業務時間内に活動できるようにしています。これは人事評価でもプラスになり、年間の目標設定に取り入れることも可能です。こうすることで社員の意識が変わり、組織全体の風土づくりが進んでいきます。

当事者以外の社員にも理解を広げることの重要性について、お考えをお聞かせください。

当事者以外の社員にも理解を広げることの重要性について、お考えをお聞かせください。

日本航空 奥田氏:社員の体験を共有するミーティングや、さまざまなセミナーを提供しています。先日、産婦人科医による社内セミナーで「男性が婦人科の知識を得たからといって、何かができるというわけではない。でも知っておきなさい。それだけで全然違うのよ」とお話いただき、なるほどと思いました。
また、病気から復帰した社員の体験談をブロードキャスト方式で流したときは割と理解を得られたという実感があります。実際に自分事と思えるような、何かしらのツールが必要なのだろうと思います。

野村證券 水野氏:現在は体験談を共有することに注力しています。周囲の理解を広げる目的でさまざまな体験談をイントラサイトに載せていますが、それを見ない社員もいます。情報収集方法も多様になっているので、さまざまな手段で発信することも大切だと考えています。今回のようなセミナーを通じてメディアから情報発信いただく機会は、社員にとっても認知が向上するという側面があると感じています。

人は自分が当事者になるまでは、頭では理解していても、相手の立場になって接することができなかったりします。そういった壁を壊すためには、メッセージを発信し続けることが大切です。当社では社員教育を徹底し、会社や周囲のサポートがあることを発信し続け、社員が「You Belong」と感じられる職場環境を整えておくことで、心理的な安心を持ってもらえるよう努めています。

今後の抱負ややってみたいことはありますか?

今後の抱負ややってみたいことはありますか?

日本航空 奥田氏:事業所ごとに1人、ウェルネスリーダーという健康のリーダーを配置しています。会社から援助をしつつ、職場固有の課題に自分たちで考えた取り組みをしてもらっているのですが、今後は「治療と仕事の両立支援」にも取り組んでもらいたいです。

野村證券 水野氏:「社員が健康で生き生きしていれば会社の業績も向上し、Win-Winの好循環が生まれる 」という考えから健康経営を始めたころ、社員から「健康でない人は会社にいてはいけない、と言われているように感じる」という意見がでました。そこで現在では、「自分にとっての『ベスト』な健康状態を維持しつつ、会社で能力を発揮する」という健康経営に改めました。病気を理由に退職してしまう社員を1人でも減らすことがいまの意気込みです。

「治療と仕事の両立支援」やその他のD&Iテーマについて、自社はもちろんのこと、こうしたD&I実践例を日本の社会全体へ波及させていくことは、当社の希望でもあります。他社様の参考にもなれるよう、先導的な役割を果たしていくと同時に、他社様からも色々と学んで、一緒に成長していきたいと思います。

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