IBDを抱える当事者、医療従事者を迎え、「病と仕事の両立」、「職場のコミュニケーション」をテーマに意見交換が行われました。
<登壇者>
- 患者さん:NPO法人IBDネットワーク 副理事長 中山 泰男 氏
- 医療従事者:北里大学北里研究所病院 炎症性腸疾患先進治療センター
副センター長 小林 拓 先生 - 企業:ヤンセンファーマ株式会社 コミュニケーション&パブリックアフェアーズ部
マネージャー 岸和田 直美 - モデレーター:月刊総務 編集長 豊田 健一 氏
レクチャー
最初に、炎症性腸疾患(IBD)について小林先生にレクチャーいただきました。
■炎症性腸疾患(IBD)とは
「クローン病」や「潰瘍性大腸炎」は、炎症性腸疾患(IBD)に分類され、消化管(小腸や大腸)に炎症が起こる原因不明の病気です。主な症状は、下痢、腹痛、血便などで、国の指定難病※となっています。また、IBDは指定難病の中でも患者数が最も多く、特に働き盛り世代に多い病気です(図1)。近年、日本でも患者数が増加しており(クローン病:約7万人、潰瘍性大腸炎:約22万人)1)、400人に1人がIBDを抱えています。
この病気には、症状が落ち着いている状態(寛解)と症状が悪化している状態(再燃)を繰り返すという特徴があります。また、慢性の経過をたどるため、患者さんは長期にわたり炎症性腸疾患と付き合っていくことになります。
いまでは治療法の進歩により入院や手術が必要なケースは減少し、患者さんの多くが日常生活に大きな影響なく病気と共存できるようになってきました。継続的な治療や日常のケアで良い状態(寛解)を維持できれば、病気をコントロールすることができます。
IBD患者さんの「治療と仕事の両立」には、職場の理解・サポートが非常に大切です。調査結果によると、無理なく仕事が続けられるような理解・配慮がある職場は全体の3割程度しかありません(図2)。今後、病気を持つ人が安心して治療を続けられる環境づくりが急務と考えられます。
※ 指定難病:治療の研究を国が主導で進める必要があると認められた疾病。発病の機構が明らかでなく、かつ、治療方法が確立してない希少な疾病であって、当該疾病にかかることにより長期にわたり療養を必要とするもの、と定義されている。
1) 厚生労働科学研究費補助金難治性疾患等政策研究事業 難治性炎症性腸管障害に関する調査研究 総括研究報告書(平成28年度)
パネルディスカッション
2019年8月に実施された「難病・IBDの就労環境に関する実態調査」の結果と「アナライザー」※というツールを使用して会場の皆様のご意見を集計した結果が紹介され、それらに関してそれぞれの立場からの意見交換がなされました。
※ スマートフォンでアクセスし投票できるツール
- 調査手法:インターネット定量調査
- 調査エリア:全国
- 調査対象:一般社会人1,000人、人事・総務関係者250人
- 実施期間:2019年8月5~9日
- 実施機関:イプソス株式会社(ヤンセンファーマ株式会社より調査委託)
- 調査方法:「IBD患者さん約29万人のうち約65%が就労している」とのデータを提示したうえで回答を得た。
豊田氏:一般社会人、人事・総務関係者ともに、半数以上の人が「知らなかった」という結果でした。難病を抱えていても働けないということはありません。しかし、「難病」という言葉の響きや情報・知識不足から、難病患者へのイメージに誤解が生じてしまっていることが考えられます。
- ■「IBDの社員がいる」:35%
- ■「IBD以外の難病の社員がいる」:35%
- ■「難病の社員はいない」:29%
中山氏:病気について、職場や上司にうまく伝えられない人、秘密にしている人は多いです。伝えたことで出世できなくなったり待遇が悪くなったりなど、過去のネガティブな例をIBD患者さんはよく知っています。病気を抱える側には、どうしても心理的な言いづらさがありますので、職場が受け止める姿勢を見せ続けることで心理的安全性を醸成し、言いやすい環境がつくられると思います。
小林先生:必要に応じて仕事をセーブしたり、正しく治療を継続しないと症状を悪化させてしまいます。そのため、病気について職場内で共有しておくことは非常に大切です。
また、IBD患者さんの中には、病気のことを会社に伝えていないために、最新の治療を受けられずにいる方もいます。仕事を継続するために開示を控えていたはずが、症状を悪化させてしまい、その結果、長期の休職を余儀なくされてしまう場合もあります。
治療法は年々進歩しています。これから先、病気による日常生活の制限はより少なくなっていくことでしょう。自分の病気を開示することへの抵抗も職場側の受け入れの抵抗も、治療の進歩とともにやわらいでいくことを願っています。
豊田氏:一般社会人で「伝えやすい」が37%であったのに対し、人事・総務関係者では54%でした。実際の現場の社員と人事・総務関係者の間には、認識のギャップがあるといえます。また、「伝えにくい」と感じている人が多いことから、病気について理解を得やすい職場環境を広げるためにはまだ課題があることがわかります。
- ■ 「必要な相手には伝えられると思う」:61%
- ■ 「周囲に伝えにくいと思う」:15%
- ■ 「どちらとも言えない」:12%
- ■ 「オープンに話しやすいと思う」:9%
- ■ 「誰にも伝えられないと思う」:3%
豊田氏:伝えられる側(職場)の理解が追いついているか、受け入れ体制がしっかりできているかは、非常に重要です。
中山氏:やっとの思いで職場に開示しても十分な理解が得られず苦悩する、というケースがあります。患者さんの伝え方に問題がある場合もあれば、職場側の理解不足の場合もあります。患者さんと職場の間にはコミュニケーションを通じた信頼関係の構築が必要ですが、これは容易なことではありません。
職場の理解を得るためには患者さんからの配慮も必要です。症状が落ち着いてきて大丈夫だと思えるときには「残業可能です」など、状況・体調に応じてできることを自発的に伝えられれば信頼関係を構築しやすくなります。業務量や業務内容など、職場側に配慮をお願いする部分は多くありますが、病気を理由に求めるばかりでは理解を得ることは難しいでしょう。
コミュニケーションに悩んだときは、産業医の先生を頼る、職場適応援助者(ジョブコーチ)を社内に置く※などの手立てもあります。
※ 企業在籍型職場適応援助者(ジョブコーチ):企業に在籍し、同じ企業に雇用されている障害のある労働者が職場適応できるようさまざまな支援を行う人
小林先生:IBDの治療は進歩しているということを理解していただきたいと思います。治療の最前線にいて日々実感を強めていますが、10~20年前に発症した人の現在と最近発症した人の10~20年後では状態が異なります。
IBDであるがゆえに自分は会社に迷惑をかけてしまうのではないか、このような職種は無理なのではないか、といった患者さんの思い込みを否定することも、診療する自分の役目だと考えています。
小林先生:確かに寛解していると、制限があまりない状態になりますが、寛解状態がずっと続くとはかぎらないということをお伝えしたいと思います。何年かに一度は状態が悪くなり(再燃)、本格的な医療の介入、入院や手術が必要になることもあり得ます。そうなったときのために、またはそうならない職場環境を整えるために、病気について職場に伝えておくことは大切です。
入職前が理想ですが、できるだけ早い段階で調子の良いときに伝えておいていただき、職場側の理解を得たうえで就業していただくことが大切です。開示していないと、いざ調子が悪くなったときに病気のことを言い出せないまま無理をしてしまい、入院や通院などの必要な処置ができずにどんどん悪くなっていくという悪循環に陥ってしまう可能性があります。
企業の方々も、採用前または入職早期の段階でそういった情報を吸い上げられるような取り組みがあってもよいのかもしれませんね。